船が大好き

黒船四隻で旗本八万旗、夜も眠れず

 

 

江戸の人口100万人は半分が武士もののふであった。

三百年、将軍の旗本御家人はその日を食うのが手一杯。

御直参が役にも立たないから諸藩から甘く見られる。

 

 

焔硝えんしょうはおろか刀槍甲冑とうそうかっちゅうさえ頭数に足りない始末

 

 

時代は変わらざるを得なかったのだろう。

龍馬は三百年威張り散らした大公儀おおこうぎの正体がこんなものかと思った。

(御親藩などは取るに足らぬ存在だ)

 

 

黒船の態度は大公儀に対して強行

 

 

 

刀槍甲冑などが市中で高値になっている。

龍馬は(古道具屋でもやっておくんだった)と思った。

大公儀と言ってもたいそうもないではないか。

 

 

 

武市半平太は、ものを見る眼がストレートすぎる龍馬に

(龍馬には畏れ入りますというところがない)と思っている。

武士のくせに権威を畏怖する心が薄い。

 

 

 

「武市さんは、どう思う」

当然、黒船が要求している開港には大反対であった。

龍馬は急に無邪気な顔をくずして、

 

 

 

「それよりも、黒船というヤツに乗って動かしてみたい。

ペリーというアメリカの豪傑がうらやましいよ。

たった四隻の軍艦で日本中を震え上がらせているんだからな」

 

 

 

「船が好きか」

「大好きだ。武市さん、黒船に忍び込んでみる気は無いか」

「切腹ものだぞ。黒船に乗り込んでどうする」

 

 

 

「武市さんの軍略通りに船頭以下を斬り殺して、他の船に大砲をぶっ放してやる」

竜馬はやる気でいる。

その夕刻、重太郎とさな子が来た。

 

 

 

その夜、四人は夜影に紛れて品川藩邸を抜け出した。

「何、ぞうさはなかろう、一隻一人ずつだ」

「龍さんは豪傑だなあ」

 

 

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その気にさえてしまう龍馬の不思議さ

 

 

 

龍馬には本人も意識しない不思議なところがあって、

普段は無口で口下手なのだが、

何かしゃべり出すとよほど注意していないと周囲はその気にさせられてしまう。

 

 

 

「あの人は船きちがいなのさ。船のことになるとみさかいもなくなるほどのきちがいなのだ。」

土佐の下級武士でありながら海援隊長として私設艦隊を率いて風雲に臨んだ龍馬は船のことになると少年に戻ってしまう。

「お一人で黒船をつかまえるおつもりですか」

 

 

 

「ああ」

「それならさな子も連れていてもらいます」

「こまったな」

 

 

 

本当は黒船を見に行きたいだけなのだ

 

 

 

「それだけで?」

さなこはびくりした。

「坂本様は、ただの見物だけで切腹をお賭けになるのでございますか」

 

 

 

「あたりまえです。わしは船が好きだから好きなものを見に行くのに命をかけても良い」

「ではさな子も見に行きます」

「さな子どのも船が好きだったのか」

 

 

 

「別に好きではございません」

「ならば、さっさと品川に戻りなさい」

「でもさな子は船は好きでなくても、坂本様が好きでございますから、浦賀まで行きます」

 

 

 

武家の娘が言うべき言葉ではない。

「さな子どの」龍馬が言った。

(えっ?)

 

 

 

龍馬はさな子の提灯をとりあげてしまった。

「何をなさいます」

「拝借してゆく、わしは走るよ。月があるから、そろそろ品川まで帰りなさい」