昔、樵が深山に分け入り、樹木を伐採していた。
ふとそばに奇妙な獣が樵の様子を窺っていた。
何という獣だろうと思いを巡らせていると、
「そのほう、いまわしが何という獣か考えているな」
とその獣が言う。
樵はビックリしてその獣に見入ってしまった。
すると「そのほう、ビックリ仰天しているな、おっ、わしがしゃべれるのかと怪しく思っているな」
「わしは世に言う【さとり】である」
樵はこれが噂に聞く【さとり】であると思った。
なかなか出会うことができない珍獣で、人の心を読み取る能力を持ち、誰も生け捕りにできないと聞いている。
こいつを生け捕りにすれば金儲けができると考えた。
するとすぐに【さとり】は
「わしを生け捕りにして金儲けをしようと思ったな、馬鹿なヤツだ」と言う。
樵は何を思っても見抜かれてしまうので躊躇したが、気にもせず、どうやって生け捕りにするか考えた。
素手で捕まえたいが狸ほどの大きさの獣は逃げ足が速いであろうと考えた。
「そのほう素手でわしを捕まえるつもりらしいが、わしはその方より早く動き回れるぞ」
次ぎに腰の縄を使って縛り上げるにはどうすればよいか考えはじめた。
「無駄じゃ、そのほうの腰の縄は振り回すには短かすぎるぞ」
樵は焦り、生け捕りできなければ剥製にしてでも捕まえようと考えはじめた。
伐採に使う斧で一撃を加えようと思った刹那、
「そのほう、斧でわしを仕留めようと思っておるな、しかし、わしはたやすく逃げるであろう」
樵はとうとうあきらめの境地に到った。
【さとり】は「そのほうはあきらめたのか」と問い掛けてきた。
樵は取り合わず黙々と伐採に熱中しはじめた
【さとり】は相変わらずそばで樵のすることを眺めていた。
樵の心には何の想いもないので【さとり】も話すこともなく時が流れた。
その時、樵が振るっていた斧が柄から抜け、【さとり】に向かって飛んでいった。
斧は【さとり】の脳天を真っ二つに打ち割いていた。
異獣【さとり】は心妙剣というべきである。
夢想剣は斧の頭なのだ。
夢想剣は剣の最高の境地であり、そこまで達すれば百戦百勝が可能である。
重太郎と龍馬は太刀切り三十本勝負を行う。
最初と最後を豪快な突きで龍馬がとった。
しかし二十八回はとられてしまった。
誰が見ても龍馬の突き技は誰も見たことがないほどに見事であった。
なかの二十八回は他愛もなく打たれた。
しかし、二十八度も形を変え、動きを変え、姿を変えて勝ちを自然に譲るなどはなみなみの腕ではできない。
龍馬はここで白黒をハッキリすることを損だと思っている。
つまり誰も得をしないのである。
あえて白黒をつければ遺恨が残る。
剣の極意は結局は剣を抜かず、人を斬ることなく済ませること。
「剣を抜かずに済むものならば、抜かぬが良い」
「争わずに済むものなれば、争いは裂けよ、争わずが極意」